食品工場の増築・増設は、ただスペースを広げれば済む話ではありません。衛生管理の徹底や既存設備との連携、安全性の確保など、慎重に進めるべきポイントがいくつもあります。対応を誤ると、衛生管理が不十分になったり、法的な不備が生じたり、最終的にコストがかさんでしまうおそれもあります。
こちらでは食品工場の増築・増設を検討している担当者に向けて、そのメリットと注意点を紹介します。
食品工場を新築する場合は、土地の取得から建物や設備、インフラ整備に至るまで、すべてを一から設計・施工する必要があり、大きなコストがかかります。一方、既存工場の増築・増設であれば、基礎部分や一部のインフラ、管理施設を共用できるため、新築と比べて費用を大きく抑えることができます。
とくに中小規模の食品メーカーでは、急激な生産拡大に対応しつつも資金繰りに慎重なケースが多く、「今ある工場を最大限に活かす」戦略は非常に現実的です。敷地内にスペースが確保できれば土地取得費も不要となり、より取り組みやすい増産手段となります。
増築は単なるスペースの拡張にとどまらず、これまで制約の多かった作業動線や物流配置を見直す機会にもなります。
たとえば、仕込みエリアと包装エリアの距離が離れていて作業効率が悪い、保冷庫の出入口と搬出動線が交差して衛生面に不安がある、といった課題がある場合には、増築によって工程間の距離を短縮したり、交差汚染を防げる動線設計が可能になります。
原料・製品・廃棄物ごとに専用通路を設けることで、衛生面と効率性を両立できるレイアウトへと改善できるのも、増築の大きな利点です。
HACCP制度の義務化や食品衛生法の改正により、食品工場にはこれまで以上に高いレベルの衛生管理が求められるようになっています。旧基準で設計された既存工場を一気に改修するのは現実的に難しい場合も多いため、増設によって段階的に「新基準に対応した製造エリア」や「HACCP対応区画」を整備していく手法が有効です。
たとえば新設区画では、人や物の流れをゾーニングで管理できる構造を取り入れることで、衛生管理のレベルを一段と引き上げることが可能です。既存エリアとの接続部分にも配慮することで、リスクを抑えながら全体の改善を図ることができます。
増設エリアの考え方を活かして、将来的に既存エリアを段階的にリニューアルしていく道筋をつくることも可能です。
食品工場の増築・増設は、「生産性向上」や「HACCP対応」「労働環境の改善」など、国や自治体が支援する補助金の対象となるケースも少なくありません。
たとえば「ものづくり補助金」や「事業再構築補助金」、「中小企業省エネ設備導入補助金」などが挙げられます。
ただし、申請にはタイミングや設備の仕様、事業計画の立て方などに関する専門知識が求められるため、計画の早い段階から補助金申請に詳しい専門家と連携することが重要です。
増築・増設では、既存工場が稼働している状態で工事が進むことが一般的です。
しかし、建築作業中には騒音や粉塵、振動、工事車両の出入りなどが発生し、それらが製造現場に悪影響を及ぼすリスクがあります。
とくにクリーンルームや清浄度が求められるエリアに近い工区では、わずかな粉塵や微細な異物でも製品品質に影響する恐れがあるため、非常に慎重な対応が必要です。
そのため、工事エリアの隔離・防塵シートの設置・空調の逆流防止策・車両の消毒など、生産への影響を最小限に抑える施工管理が欠かせません。
また、工事の工程を可能な限り稼働停止日や休日に集中させるなど、計画段階での調整もポイントとなります。
食品工場の増築では、関係する法令や規制が複雑に絡み合うため、法的な整合性を取ることが非常に重要です。
適用される法律としては、以下のようなものが関係してきます。
これらに対応できていないと、設計変更や工事のやり直しを迫られる可能性があり、結果的に大きなコストロスにつながります。
さらに、営業許可や保健所の検査をスムーズに通すためにも、初期段階から法規に精通した設計者や施工会社との連携が不可欠です。
増築・増設では、単に建屋を拡張するだけでなく、既存設備と新エリアとの連携や整合性をしっかりと設計することが重要です。
たとえば、新設した搬出入ルートが既存ラインと交差するような配置になってしまうと、原料や製品、廃棄物などの動線が交差し、交差汚染のリスクが高まります。また、既存の製造工程の一部を増設エリアに組み込む場合、工程全体の流れが不自然になり、作業動線が複雑化して効率が落ちる恐れもあります。
さらに、新旧のエリアで空調や給排気、排水などのインフラ設計が整合していないと、湿気や臭気が滞留してしまい、衛生面や快適性に影響が出ることもあります。
こうした問題を未然に防ぐためには、衛生区画・設備・空調・排水のすべてを一体で設計・調整できる経験豊富な専門家の関与が欠かせません。
増築や増設はコストや工期の面でメリットが大きい一方で、すべてのケースにおいて最良の選択肢とは限りません。
たとえば、既存工場が築年数を重ねており、構造や設備に老朽化が見られる場合は、増築しても根本的な衛生・安全面の改善につながらない可能性があります。
また、建築当時と現在では法令や衛生基準が大きく変わっていることも多く、古い工場に新しい基準を無理やり当てはめようとすると、非効率な設計になったり、複雑なゾーニングが必要になったりすることもあります。
さらに、将来的な事業拡大や自動化設備の導入を見据えている場合には、中途半端な増築を繰り返すより、いったん全体を見直して建て替えるほうが合理的という判断になることもあります。
重要なのは、「今できる最小の対処」ではなく、自社の将来計画にとって何が最適かを長期的な視点で考えることです。
その判断のためにも、建築や食品製造の両面に通じた専門パートナーのアドバイスが欠かせません。
食品工場の増築・増設は、一般的な建築とは異なり、衛生・安全・法令・生産効率・将来性など、複数の観点からの調整が求められます。たとえ既存工場の構造を熟知していても、食品業界特有のルールや現場の運用に精通していなければ、形だけの「増築」にとどまってしまい、むしろ問題を抱え込んでしまうリスクもあります。
たとえば、設備の配置や空調・排水の系統、ゾーニングの考え方ひとつとっても、食品工場では交差汚染の防止・異物混入の回避・清掃性の確保などを前提とした設計が求められます。
また、補助金を活用しようとする場合は、事業計画と設計を整合させたうえでの申請準備が必要となるため、建築と補助金申請の両面に精通した支援者が不可欠です。
こうした複雑なプロジェクトを成功させるには、食品工場の設計・施工において十分な実績と知見を持つパートナーを選ぶことが、最も重要なポイントのひとつです。