食品工場におけるノロウイルス対策

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食品を扱う工場では、常に高い衛生レベルが求められます。とくに気をつけたいのが、冬場に発生しやすいウイルス性の食中毒です。中でもノロウイルスは、感染力が非常に強く、少量でも発症してしまうため、大規模な集団感染につながるおそれがあります。

この記事では、食品工場において実践すべきノロウイルス対策について分かりやすく紹介します。

ノロウイルスとは?食品工場が警戒すべき理由

ノロウイルスは、冬場を中心に流行するウイルス性の食中毒原因ウイルスです。たった10~100個ほどのウイルス粒子で感染が成立するほど感染力が強く、極めて厄介な存在と言えます。

食品工場でノロウイルスが問題となる最大の理由は、その感染のしやすさと、拡大スピードの速さです。ウイルスに感染した従業員が1人でもいれば、製造ラインや調理器具、作業場内の共有物を通じて、あっという間に工場全体にウイルスが広がるおそれがあります。

また、感染者に症状がない場合(いわゆる「健康保菌者」)もあり、本人が気づかぬうちにウイルスを持ち込んでしまうリスクもあります。そのため、症状のある人だけでなく、「全員が感染源になり得る」という前提で対策を取らなければなりません。

厚生労働省の統計によると、令和6年に発生した全食中毒のうち、ノロウイルスが原因のものは26.6%、患者数では実に60.8%を占めるという結果が出ています。件数は決して突出しているわけではないのに、1件あたりの被害が非常に大きくなりやすいことがわかります。

※参照元:ノロウイルスに関するQ&A|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html

食品工場で取り組むべきノロウイルス対策の4原則

ノロウイルスは極めて感染力が強く、食品工場ではたった一人の感染者が、製造された商品全体を汚染してしまうリスクがあります。このような重大なリスクに備えるため、食品工場では「持ち込まない」「つけない」「やっつける」「ひろげない」という4つの原則に基づいた対策を徹底することが不可欠です。

1.持ち込まない ― 従業員の健康管理と衛生管理を徹底する

ノロウイルス対策の第一歩は、「ウイルスを工場内に入れない」ことです。感染源となる可能性のあるヒト・物・空間すべてにおいて、入り口でしっかりブロックする意識が求められます。

従業員の健康状態は“見えないリスク”と捉える

出勤時には必ず健康チェックを実施し、下痢・嘔吐・発熱などの症状がある従業員は、たとえ軽症でも調理や製造工程に関わらせない体制を整えることが重要です。

しかし、現場によっては「忙しくて言い出しづらい」「出勤停止が不安」といった空気があって、体調不良の申告が遅れるケースもあります。こうした雰囲気が被害の拡大を招く要因になるため、「申し出やすい職場の空気づくり」も、制度づくりと同じくらい大切です。

さらに、無症状であってもウイルスを保有している可能性があるため、一部の工場では定期的な検便やリアルタイムPCR検査を導入しています。こうした検査体制は、症状が出る前の早期発見にもつながり、工場全体の感染予防に大きく貢献します。

ユニフォームや靴も「持ち込みリスク」のひとつ

作業着や靴などの衣類にもウイルスが付着している可能性があるため、これらの衛生管理も怠れません。作業着を自宅で個別に洗濯すると、洗浄の質にばらつきが出やすく、衛生管理の面で不安が残ります。そのため、工場側で洗濯・保管を一括管理する体制が望まれます。

また、工場に入る際には専用の着替えエリアでユニフォームに着替えること、私服と作業服のロッカーを分けることなど、交差汚染を防ぐ配慮も欠かせません。さらに、作業エリアに入る際には専用の作業靴に履き替え、靴底消毒マットを通る動線を設けることで、足元からのウイルスの侵入リスクにも対応できます。

非接触センサーの活用も有効

ノロウイルスはごく少量でも感染を引き起こす強い感染力を持ち、接触感染が起こりやすいのが特徴です。したがって、工場内では「人の手が触れる場所」をできるだけ減らすことが感染予防に直結します。

たとえば、手洗い場に自動水栓や自動ソープディスペンサーを設置することで、蛇口やポンプに触れる機会を減らすことができます。また、トイレや作業エリアの出入り口にはセンサー式のドアや非接触レバーを導入することで、衛生状態の維持がより確実になります。

さらに、衛生管理のレベルが高い工場では、ICタグやIDカードによる出入管理と自動ドアを連動させ、従業員の動線を完全に管理するシステムを取り入れている例もあります。

2.つけない ― 手指・器具・環境へのウイルス付着を防ぐ

ノロウイルス対策では、工場内でウイルスが何かに「付着する」ことを防ぐことが、感染拡大の連鎖を断ち切るうえで不可欠です。製品や設備にウイルスを“つけない”環境を整えることが、工場全体の衛生を守る土台となります。

「手洗い」はすべての基本

従業員の手指は、ノロウイルスの主な媒介源になりやすいため、こまめで丁寧な手洗いはすべての対策の基本です。

ウイルスは非常に小さく、手のしわや爪の間などに入り込みやすいため、水で軽く流すだけでは不十分です。必ず石けんを使用し、30秒以上しっかりと洗うことが求められます。手洗いは作業前後だけでなく、トイレ使用後や工程の切り替え時にも徹底して行うよう指導しましょう。

手洗い後は、清潔なペーパータオルなどで水分をきちんと拭き取り、必要に応じてアルコール消毒液や次亜塩素酸系の消毒剤を併用します。とくに流行シーズンには、ノロウイルスに効果のある専用ハンドソープや、衛生意識を高めるためのポスター・掲示物などを活用することも効果的です。

器具や設備にも「つけない」工夫を

ノロウイルスは、調理器具や作業台、手が触れる部分にも付着しやすく、そこから食品への二次汚染が発生するリスクがあります。包丁やまな板、鍋、へらなどの器具は、使用後すぐに洗浄し、次亜塩素酸ナトリウム(200ppm程度)や85℃以上の熱湯で確実に消毒することが重要です。

また、加熱前と加熱後の食品で調理器具をしっかり使い分けることも基本です。たとえば、ノロウイルスリスクの高い二枚貝などを扱う場合は、専用のまな板や包丁を用意し、他の食材との交差汚染を確実に防ぎましょう。

さらに、作業台やテーブル、扉の取っ手、スイッチなど、人の手がよく触れる場所は、定期的な拭き取り消毒を実施し、常に清潔な状態を保つことが求められます。

使い捨て手袋とその扱いにも注意

食品に直接触れる工程では、使い捨て手袋の着用も有効な対策のひとつです。しかし、使い方を誤ると、かえってウイルスを拡散させるリスクが生じます。

たとえば、手袋の外側が汚染されたまま別の作業を行えば、そのままウイルスを広げてしまうことにもなりかねません。手袋は工程ごとに必ず交換し、装着前後には手洗いや手指の消毒もあわせて実施することが鉄則です。

また、ノロウイルスはアルコールに対して抵抗性があるため、手袋の表面を消毒する場合は、次亜塩素酸系の消毒剤を使うとより効果的です。

3.やっつける ― 加熱・消毒によるウイルスの失活

食品や器具にノロウイルスが付着してしまった場合、「完全に除去する」または「失活化(無力化する)」には、適切な加熱や消毒が不可欠です。ウイルスは目に見えない存在だからこそ、「見えないものを確実にやっつける」ための工程管理が重要になります。

食品は「中心温度」でしっかり加熱

ノロウイルスは熱に弱く、食品の中心温度を85〜90℃で90秒以上保つことで失活するとされています。特にリスクが高いとされる二枚貝(カキやシジミなど)は、しっかりと加熱処理することが必須です。

加熱調理時には中心温度計を使用し、確実な温度管理を行いましょう。加熱不足が感染リスクに直結するため、温度の測定は作業の一環として徹底します。また、食品の品質への影響が懸念される場合には、温度をやや下げて加熱時間を延ばすなど、リスクと品質のバランスを考えた調整が求められます。

さらに、加熱後の食品が再びウイルスに触れないよう取り扱いにも注意が必要です。加熱前後で工程や作業エリアを明確に分け、交差汚染を防ぐ体制を整えることが重要です。

器具や設備は「塩素」と「熱」でしっかり殺菌

包丁・まな板・調理台・ふきんなど、食品に接する器具には、次亜塩素酸ナトリウム(200ppm)や亜塩素酸水といった塩素系消毒剤を使った浸け置きや拭き取りによる消毒が効果的です。

消毒後は、必ず流水ですすぎ、塩素成分が残って食品に影響しないように配慮します。金属器具など塩素による腐食が心配される場合には、85℃以上の熱湯で1分以上加熱する方法も有効です。

また、清掃後に使用するリネン類やふきんも、高温の洗濯や乾燥機による熱処理を施すことで、ウイルスの残留リスクを減らすことができます。

4.ひろげない ― 感染発生時の適切な対応と拡大防止

いかに衛生管理を徹底していても、ノロウイルスのリスクを完全にゼロにすることはできません。だからこそ、万が一感染が発生した場合に、どう対応するかが被害の大きさを左右します。大切なのは、感染を「起こさない」ことに加えて、「広げない」体制を日頃から整えておくことです。

嘔吐・下痢などの症状が出たら即時対応

従業員が体調不良を訴えた場合は、ただちに作業から外し、他の従業員との接触を避けることが基本です。また、本人の体調だけでなく、同居家族に同様の症状がないかも確認することで、工場へのウイルスの持ち込みや拡大リスクをより確実に抑えられます。

さらに注意したいのは、ノロウイルスは症状が治まったあとも1週間〜1ヶ月程度ウイルスを排出し続ける可能性がある点です。症状がなくなったからといってすぐに現場復帰させるのではなく、一定期間は間接業務に回すなど、段階的な復帰の仕組みを用意しておくことが望まれます。

嘔吐物の処理は“迅速・静か・確実に”

嘔吐物や下痢便の中には、1億個以上のノロウイルスが含まれているといわれており、その処理方法ひとつで感染の広がりが決まるといっても過言ではありません。

対応が遅れたり、雑な処理をしたりすると、ウイルスが乾燥して空中に舞い、周囲の従業員へと感染が広がってしまうリスクがあります。そのため、処理の際は以下のような対応を徹底しましょう。

  1. 使い捨てのマスク・手袋・エプロンを着用する
  2. 嘔吐物はペーパータオルでそっと覆い、できるだけ静かに拭き取る
  3. 次亜塩素酸ナトリウム(1,000ppm程度)で床をしっかり消毒し、その後に水拭きを行う
  4. 使用済みのペーパーや手袋などはビニール袋に密閉し、確実に廃棄する

処理後は、必ず窓を開けて十分な換気を行い、空間にウイルスを残さないようにします。

「マニュアル化」と「備蓄」で備える

感染者が出てから対応方法を考えていては、手遅れになるおそれがあります。いざというときに落ち着いて行動できるよう、あらかじめ汚物処理の手順をマニュアルとしてまとめ、全従業員が確認できる場所に掲示しておくことが重要です。

また、処理に必要な消毒液・手袋・エプロン・マスクなどは、1セットにまとめて常備しておきましょう。さらに、定期的に模擬訓練を実施することで、緊急時でも慌てず対応できる現場力が養われます。

まとめ

ノロウイルスは、食品工場にとって最も警戒すべきウイルスのひとつです。ごく少量でも感染が成立し、症状がなくても周囲に広げてしまうおそれがあるため、「発生させない」だけでなく、「広げない」ことも同じくらい重要です。

もちろん、衛生対策には手間も費用もかかります。しかし、それを「コスト」として後回しにしてしまうと、いざ事故が起きた際に、出荷停止や製品回収による損失、取引先や消費者からの信頼の喪失、さらにはSNS等による風評被害など、はるかに大きな代償を払うことになりかねません。一度ついた悪いイメージを払拭するには、年単位の時間と多額のコストが必要になるケースもあります。

だからこそ、今のうちに備えておくことが、長期的に見れば最も効率的で合理的な判断といえるでしょう。とくに、衛生管理や感染対策の経験が浅い工場では、食品工場建設に精通した専門家やコンサルタントと連携し、現実的かつ実効性のある対策を構築することが、大きな安心につながります。